向き配置とか広さに多少違いはあれど、同じ船の中。当然船室は何処も同じ様な造りだ。 
最近、上がり込む事が多くなった部屋の中、大体のものは既に物色し尽くしてしまっているけど、もう長いこと暇を持て余してるおれは、仕方無く何度か手にとった事のある本を選んでベッドで広げた。 
「おいエース、そっちのヤツは丁重にな」 
「解ってる。っつーか見ねェよ」 
「っかー、わっかんねェなァ」 
物が少ないおれの部屋より賑やかで、 
整えられたマルコの部屋より乱雑な、 
この部屋の主、サッチは、机に向かって似合わない書類仕事をしながら言った。 
サッチが指したのは、本人が女神達と呼ぶそのテの冊子のコレクションだ。触れば折り目がどうのとか口うるさく言われるだろう、それでも見たいという程の興味は無い。 
しかしそう答えると、それはそれでうるさい。 
女体の神秘とやらを語り始めたサッチを無視して、ぺらりと本を捲る。その内、1人で満足したのか、おれに聞く気がないことを正しく受け取ったのか、再び机に向かったらしい。静かになった。 
がんばれサッチ兄さん
何時もは他愛ない話をして飲んだり、カードをしたり、それなりに付き合って貰って楽しく過ごしているけど、今日はサッチもずっと仕事をしている。 
おんなじ、仕事をしている背中を待ってるなら、マルコのが良いなと思う。まぁ、今マルコは部屋に籠もっての仕事じゃなくて、船内のあちこちを回ってる筈なのだけど。 
それに実際同じ状況だとしたら、邪魔したくなって仕方なくなって、けど邪魔したくないし邪魔だと思われたくなくて、ととんでもなくややこしい葛藤があったり、それを乗り越えた先にももの凄い寂しさがあったり。稀に、おれの方を優先してくれる時があって嬉しいけど、それはそれで後で申し訳なくなる。 
その点、此処はなんて楽なんだ。 
ふと気付いたら、もう文字を読むというかインクの染みをなぞっているだけになっていたので、本を放り出した。 
暇だなァと溜め息をついて、いっそ食堂あたりに行こうかと考える。 
でも、そうはいかない理由がある。 
はぁ、とまた漏れたおれの溜め息と同時に、サッチが呻いた。 
視線を向けると、自慢のフランスパンみたいな頭を上向かせてでっかく伸びをしている。 
仕事が終わったのだと判断して、寝そべっていた身体を跳ね起こして胡座を掻いた。 
「お疲れさん」 
「おう。やァ、なんとか間に合ったぜ」 
伸びの後下ろした手を肩に遣って、コキと首を慣らしながらサッチが言った。 
間に合う、というのは、サッチが取り組んでいた書類の回収に、という話で、おれが暇だ暇だと言いながらこの部屋にいたのは、それを待っていたからだった。 
おれがサッチの部屋を訪ねるのは、1番隊が忙しくしていて、2番隊が休んでる、今みたいな時ばっかり。 
おれが居ることを許される(ような気がする)仕事の時は、葛藤と戦いながら背中を眺める事もある。 
けど、マルコが部屋を留守にするような時は、どっちの部屋で待っていたって寂しいし、大勢が居る場所に馴染んでいると、逢える筈の時間になっても抜けられなくなったりする。 
それである時偶然、この部屋に来てみたら居心地が良かったのと、もうひとつ。 
大体いつも、仕事の最後に、マルコは此処に寄るらしいのだ。 
初めは、ラッキーだと思った。 
用事を済ませたマルコが、丁度これで終わりだぞと教えてくれたから、おれは尻尾を振って一緒に出て行った。 
その次は、また居たのかと言う顔をされて、おれがあとどのくらいかと尋ねて、もう少しだと返ってきたので、部屋に行ってると伝えた。 
その内、もうおれが居るのを驚かなくなって、出て行くマルコを追って一緒に出るのがお決まりになった。 
今日のように何かの受け渡しだったりもするし、仕事には関係ないときもある。とにかくマルコは此処に立ち寄る。 
待ってる間も寂しくなくて、その上少しでも早くマルコに逢えるとなれば、つい入り浸ってしまうというものだ。 
用を済ませただけとか、ほんの少し話したくらいで出て行くのは、おれがいる所為でゆっくり話せないからかも知れない、と、思ったりもするけれど。 
「サッチ、マルコと仲良ィよなぁ」 
「ハァ?」 
いつの間にか俺の隣に腰掛けていたサッチが、おれの呟きに眉を顰めた。 
「おい、そりゃァ…」 
思わずぽつりと漏らした言葉には、確かな羨望と、もう少しもやりとしたものが乗っかってしまっていた気がする。 
心底呆れたような声色でサッチが言いかけた言葉がどんなものでも、なんだか聞きたくなくて遮ろうとした 
瞬間。不意にドアが開いたために、おれが何か言う必要は無くなった。というより、おれの意識の方が、あっと言う間にそっちに奪われてしまった。 
サッチの視線も直ぐに俺を追って、扉に向いた。 
「よォ、例のリスト寄越せよい」 
「へーい、仰せの通りに。遅かったじゃねェか。…あァ、ここん所なんだが…ちょっと見てくれ」 
おれにはチラと視線を寄越しただけで、マルコはサッチの方に向かった。 
仕事の間だからだと知っているけれど、此処で逢うマルコはいつも少し機嫌が良くないように見えてどきりとする。 
サッチは溜め息を吐いて立ち上がり、いかにも待ちくたびれたと言うような調子で、出来立ての書類を渡した。 
机に手をついて2人は話し合いを始めて、おれはその外に居る。内容よりも、終わりのタイミングを図るように意識を向けていると、思ったより早く結論に向かう空気になった。 
「手配は任せる。次の寄港まではこっちでなんとかするよい。」 
「おし、了解。」 
「マルコ、もう終わりか?」 
終わりだと踏んで挟んだ言葉に、二人が視線だけで此方を向いた。 
しまった、早かったかも知れない。 
マルコはもう一度サッチを見て、それからおれに戻して、ほんの少し溜め息混じりに笑って、ああ、と言った。 
本当だろうか。そもそも、おれと此処を出ることのほうがマルコにとっては「ついで」なのに、急かしてしまった。やはり自分は邪魔なんじゃないかと、さっき考えていた良くないことがよぎって申し訳なくなってきた。 
けれどマルコが、覗き込んでた紙を攫ってさっさと出口へ向かって行ったので、おれは慌ててベッドから飛び降りる。 
「ぁ…邪魔したな!」 
サッチを追い抜く時にそう残して、マルコの後を追った。 
いつもはありがとうとかお休みというんだけれど、この言葉を選んだのに、他意は…ない。 
前方をスタスタと歩くマルコを確認して、扉が閉まる前に外からサッチを覗き、誤魔化すようにぶんぶんと手を振った。 
バタン。 
あっと言う間に自室に取り残されて、サッチは思う。 
今日はまた一段と、兄ちゃんを傷つけて出て行ったなァ、と。 
心配しなくてもエースよォ、あいつは此処を託児所としか思ってねェよ。 
初めは偶然だっただろうが途中からは… 
いや、おれが思うに2度目からは既に、どう考えたってマルコはエースを迎えに来る為に此処に来ている。 
あんなにも分かり易いのに、妙な誤解でおれを睨む弟を、可愛いと思うのだからおれも大概兄馬鹿だ。 
ついでに歳近い兄は、可愛い末っ子がいちいちおれのおれを所に居るもんだから面白くないんだというのがバレバレ。 
そんな彼奴がエースに、もしも真意を教えるとしたら、迎えに来てるのだという所だけ。子供じみた嫉妬心はひた隠すんだろう。そうなれば今以上にエースは嬉々として此処に入り浸るだろうから…。 
つまり、おれは何時までも末っ子に恨まれるということだな。 
と、思い至って、ぽりぽりと頬を掻く。 
まぁ、良い。甘んじて受けてやろう。 
ある意味、両側から甘えられているこの立ち位置が、心地良く無い訳では無いのだ。 
〈end〉※ おまけつき↓ 
おまけ。 
今日の当番表をチラリと見て、ああ、そろそろエース来るかもなー 
と思ったのがもう2、3時間前。 
おおかた甲板か食堂あたりで、飲んでた誰かに捕まったか、カードでもしているんだろう。 
おれは既にベッドに寛いで、麗しの女神達が悪戯に微笑みかけてくる雑誌をパラパラと捲っていた。 
ああ別に、今すぐナニしようって訳じゃないぜ。もう一人、来るかも知れねェ奴が居る。今はただ、今夜のお供を選ぶ時間だ。 
程なくして、案の定。 
ガチャと音がして無遠慮にドアが開けられたから、やっぱりなと顔を上げてひらりと手を降ってやった。 
「今日は来て」 
バタン。 
ねェ、と言うより前に、いや、何なら、「今日」の「う」くらいの時に、扉は締まり始めていた。 
「ッお前なァ!ハト時計だってもっとマシに顔見せるぞこの馬鹿鳥!」 
わなわなと拳を震わせて喚いた声が届いている気はしない。 
手を解いて、わざとらしいほど盛大に独り溜め息を吐いて、また視線を落とす。 
蠱惑的な笑顔に癒されてへらりと笑う。 
今夜は、君でお願いシます。 
〈end〉
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