週末。
差し込む陽の暖かい白のカウチソファーに腰掛け、長い脚を片方悠々と伸ばし、軽く立てた片膝で読書に耽る。
これは、今日は休むのだと決めた時に選ぶ過ごし方で、こうしている時、そう表情に現れる事はないけれど、マルコはとても機嫌が良い。
開けた窓から吹き込み、シックな黒のカーテンを微かに揺らす風が、時折急かすようにページも捲ろうとも、公園だか何処かに連れ立って駆けて行く子供の声や他人の生活の環境音を連れて来ようと気にはならない。
また、傍らで湯気を立てる自分好みに淹れたコーヒーが、そのうち冷えてしてしまっていても。
それどころか、例えば読んでいる本が、そう面白くなかったとしても、それでも、気分を害するまでには至らない。
ただ、緩やかに穏やかに時を過ごす事が心地良く、ただ、こうした時間を大事にしていた。
しかし不意に、聞き慣れない音が聴こえて僅かに感じた違和感で、彼を引き込んでいたストーリーが途切れた。
ふと本から顔を上げて、窓の外へと視線を移す。当然ながら、4Fの高さから何気なく移した視線に物音の出所が写る訳は無い。
それから、時間を確かめようとして、彼は今日初めて微かないら立ちを眉間に表した。
マルコは、ワーカーホリックだ等と称される事が多く、けれどその度に決してそんな事はないと考える。
オンとオフとを切り替え、働く時は働き、休む時には休む。ただそれだけの、当然と思える事を当然にこなしているだけだ、と。
しかし他人より、その境界線がはっきりと濃く、また、オンの側の面積のほうが広い事は、それなりに長い人生の中で理解していて、なかなかに共感されない事ななのは十分に自覚している。
さも心配そうに、さも呆れたように、休め、気を抜け、と言われる度、彼が境界線をより濃くしていったのは、自覚の外の事かも知れないけれど。
ともかく、こうした些細な瞬間。
時間を知ろうと眺めた先が、統一感のあるリビングの真ん中の落ち着いたデザインの壁掛け時計ではなく、素のままの自分の手首だった事に、オフだと決めた時間に自らオンを持ち込んだ様で、瞬間、仄かだが、苦々しい気持ちが過ったのだ。
けれど、そんな些細なものは、更に次の瞬間に吹き飛ぶ。
「ここかーー!!」
「うるせェ、さっさと運んじまうぞ」
「おーう!!」
玄関の方向から聴こえてきた2つの声。
それなりに面白かった筈の本を読み進める気は失せ、湯気の薄れたコーヒーは恐らくもう口にしない。
翻るカーテンは煩わしく、考え得る限りの最悪を予想させる、途切れない大きな物音に、ただ頭を抱えたくなった。
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